不妊治療の保険適用に感謝、しかし新制度の設計に盲点は付き物~1~
山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門長
国際医療福祉大学大学院生殖補助医療胚培養分野教授
堤 治
山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門長、国際医療福祉大学大学院生殖補助医療胚培養分野教授である堤 治先生に当サイトFCHがお話を聞きました。
スタッフ:4月から施行された不妊治療保険適用についての率直なご意見をお聞かせください。
今まで体外受精治療は自由診療であり、全額私費で不妊症の方にとって大きな経済的負担でした。保険適用のメリットを分かり易く説明すると、概略100万円かかったものがまず10%の消費税がなくなり90万円、これが保険点数設定でさらに割り引かれ3割負担で20万円少々となります。「高額療養費制度」の適用を受ければ10万円程度の自己負担で治療が受けられることになり、さらに「医療費控除」を使えば年間の税金も還付されます。患者様の経済的負担が減ることは大変喜ばしいことであり、不妊治療のステップアップの背中をおしてくれたということもできます。私どもの施設で治療を受ける患者様の多くは年齢層が高めですが、若い世代でも体外受精を受ける患者様の割合が増えています。他施設でも同じような傾向がみられているようです。
不妊治療は子供の欲しい人が自分の力で努力するという時代から、不妊症は疾患であり、標準的治療として保険適用で実施されるように進化したと言うこともできるでしょう。
体外受精などの不妊治療に保険適用がなされ短期間に詳細な制度設計がなされたことは、奇跡と言えると思います。菅総理のリーダーシップ、「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」(甘利明会長、野田聖子幹事長、和田政宗事務局長)、厚労省の担当部局ならびに関連各位のご尽力には頭が下がり、この場を借りて感謝と敬意を表させて頂きます。
スタッフ:保険適用外の自由診療について患者様からのご意見を聞かれることはございますか?
不妊治療に対する保険適用は歓迎すべきことですが、新たな制度には盲点がつきもので、手放しに喜んでいられないこともあります。保険診療と自由診療を同時に行うことを混合診療といい、日本では混合診療は認められていません。保険で承認されていない新規治療を受けると、保険でカバーされるべき治療も自由診療となり全額患者様負担となってしまいます。
私どもの施設を受診される方は、年齢が高かったり、長年不妊治療を行われてきた方が多いのが特徴です。そうすると保険適用の標準的治療だけではなかなか成功しない場合もでてまいります。保険診療を優先して、必要な技術や治療法を選べないのでは、本末転倒でしょう。
このギャップを埋めるには、先進医療という制度があります。有望な治療法は審査の上先進医療として認められれば、保険治療と平行して実施することができます。ただし、保険診療分とは別に先進医療の費用は自己負担になります。ここで、2022年11月7日小池百合子東京都知事の決断で、「東京都特定不妊治療費(先進医療)助成事業実施要項」が発表されました。東京都の事業は、先進医療の自己負担額の10分の7ないし上限15万円のうちいずれか低い方の額を助成するというものです。先進医療のハードルを下げ妊娠率向上にも寄与する政策として評価されますね。
スタッフ:不妊治療をお受けになられる患者様へご配慮されていることがありましたらお聞かせください。
厚労省の依頼でアンケートを取り、不妊治療で何が一番負担かというと質問をしたことがあります。全国合わせると「経済的負担」が一番でしたが、当院では経済的負担を抑えて「仕事との両立」が一番でした。不妊治療ではホルモン検査等で時間がかかることが多いので、検査結果が出るまで外出してもよいように、携帯呼び出しシステムなども用いております。
患者様の負担でもう一つ大きいのは、採卵時の穿刺による痛みです。患者の肉体的負担の中で一番と言えます。保険適用により静脈麻酔もカバーされるようになり、採卵時の麻酔が実質的な経済的負担なしに受けられることも患者様には朗報です。当院では麻酔科医が担当してくれるので、我々産婦人科医やスタッフも安心です。ただし産婦人科医の負担となることも大きく、プロゴルファーでご自身も不妊治療を受けた経験をもつ東尾理子さんが代表を務めるコミュニティー「妊活研究会」は患者様サイドから『静脈麻酔の保険点数をあげて欲しい!』という署名活動を開始されています。
不妊治療を受けられる方は、基本的に健康な方が受けてらっしゃいます。健康な方が、治療によって健康を損なわないような注意が大事です。また一般の病気と違い、治療を受けられる際の精神的負担は大きく、メンタルケアも必要です。